導入
英語にはたくさんのラテン語があり、ちょうど日本語に漢字がたくさんあるのに似ています。現代にも影響力を持っているラテン語に、ゆるく入門してみましょう。
大学教科書なのに解答が付いていない、学生泣かせの名著『ラテン語初歩』の練習問題を解きつつ、ラテン語や英語について解説します。
《発音》
ローマ字読みすれば、だいたいラテン語になります。
【例】dominus /ドミヌス/
棒が上に乗っていたら、長く読みます。
【例】dominī /ドミニー/
§90. 練習問題18-1 和文羅訳
問題
【問題】
主人が色の黒い奴隷を門の近くで待っている。
【単語】
servus, ī, m.「奴隷」/セルウウス/
niger, gra, grum「黒い」/ニゲル/
dominus, ī, m.「主人」/ドミヌス/
prope「~の近くで」[対格支配]/プロペ/
porta, ae, f.「門」/ポルタ/
exspectō[第一活用]「待つ」/エクスペクトー/
主語が「主人が」なので単数主格でそのままdominusを使います。
目的語が「奴隷を」なので、servusを単数対格にします。活用表は活用が同じdominusを使います。
名詞第二活用(1-1)(§51)
dominus「主人」
単数
主格(が) dominus
属格(の) dominī
与格(に) dominō
対格(を) dominum
奪格(から) dominō
複数
主格(が) dominī
属格(の) dominōrum
与格(に) dominīs
対格(を) dominōs
奪格(から) dominīs
-umにするので、servumとします。
奴隷=色が黒い(niger)なので、上記のservumとnigerを性数格一致させます。つまり男性単数対格にします。
形容詞 第一, 第二活用(2)-2
§87. niger (m)「黒い」
単数
主格(が)niger
属格(の)nigrī
与格(に)nigrō
対格(を)nigrum
奪格(から)nigrō
複数
主格(が)nigrī
属格(の)nigrōrum
与格(に)nigrīs
対格(を)nigrōs
奪格(から)nigrīs
-umにしてnigrumとします。servum nigrumで「色の黒い奴隷を」です。
「門の近くで」は前置詞propeを使い、対格支配なのでportaを単数対格にします。
名詞 第一活用
§36 puella「少女」
単数
主格(が) puella
属格(の) puellae
与格(に) puellae
対格(を) puellam
奪格(から)puellā
複数
主格(が) puellae
属格(の) puellārum
与格(に) puellīs
対格(を) puellās
奪格(から)puellīs
語尾を-amにしてportamです。prope portamで「門の近くで」です。
「(主人が)待っている」が動詞ですので、exspectōを現在単数三人称にしましょう。
現在直接法能動相(第一活用)
§25. amō「愛する」
単数
1人称 amō
2人称 amās
3人称 amat
複数
1人称 amāmus
2人称 amātis
3人称 amant
語尾が-atなので、exspectatです。
解答
【解答】
Dominus servum nigrum prope portam exspectat.
ドミヌス セルヴム ニグルム プロペ ポルタム エクスペクタトゥ。
英語語源コーナー!
今回のラテン語単語を復習しながら、英単語力を鍛えましょう。
【単語】
servus, ī, m.「奴隷」/セルウウス/
niger, gra, grum「黒い」/ニゲル/
dominus, ī, m.「主人」/ドミヌス/
prope「~の近くで」[対格支配]/プロペ/
porta, ae, f.「門」/ポルタ/
exspectō[第一活用]「待つ」/エクスペクトー/
servus
ラテン語servusは英語serve「飲食物を出す」と関係があります。
niger
ラテン語のniger, nigrumは英語のnigger「黒んぼ」, Negro「黒人」と関係あります。しかしこれらは差別的な用語であるため、使わないでください。どうしても言及する必要がある場合は下記を参考に↓
【事情】
米国の黒人については1970—80年代には black が最もふつうの語(それ以前は Negro, colored)であったが, 90年代以降, Afro-American を経て, 現在は African-American が公称となっている. しかし black は依然として日常語として使われている. Negro, colored は特別な連語を除いて避けられる.
(『ジーニアス英和辞典第6版』black)
dominus
ラテン語のdominusは、英語のdominate「支配する」、dominant「支配的な」、predominant「有力な」などと関係があります。
one’s dominant hand 利き腕.
Blue is the predominant color in his paintings.
「彼の絵では青が主調色だ.」
(『ジーニアス英和辞典第6版』predonimant)
prope
ラテン語propeは英語のapproximate「おおよその」と関連しています。
空間的に「近い」ことから、抽象的に「近い」ことに意味が変化したようです。
porta
ラテン語のportaは英語ではport「港」(←陸/海への入り口)、portal「ポータルサイト」(←インターネット上で入口となるサイト)と関連しています。
ラテン語の末裔であるフランス語ではporte/pɔrt ポルト/で「ドア、扉」と表します。
exspectō
ラテン語のexspectōは英語のexpect「予期する」と関連があります。sが脱落していますが、『英語語源辞典』でもex(s)pectōとしているので、文献によってはsが脱落しているのでしょう。まぁあまりお気になさらず。
さらに、『ハリー・ポッター』の、

エクスペクト・パトローナム(Expecto patronum)
「守護霊よ、来たれ」
と叫んでこういうの↓が出てくる呪文があります。

これはどうやらラテン語で、ラテン語でexspectō「私は待つ/期待する」に、ラテン語のpatrōnus,ī, m./パトゥローヌス/「庇護者、有力者、(作中では「守護霊」)」を単数対格に変形させて、
名詞第二活用(1)-1
§51 dominus「主人」
単数
主格(が) dominus
属格(の) dominī
与格(に) dominō
対格(を) dominum
奪格(から) dominō
複数
主格(が) dominī
属格(の) dominōrum
与格(に) dominīs
対格(を) dominōs
奪格(から) dominīs
patrōnum/パトゥローヌム/「守護霊を」という意味になります。
Exspectō patrōnumで「私は守護霊を待つ/期待する」→「守護霊よ来たれ!」といった意味にしているようです。
なお、「パロトーヌム」ではなく「パトローナム」と言っているのは英語訛りです。呪文を発動させるには正しい英語発音が必要ですからね!
このように、ラテン語を知っていれば、ハリポタでもドヤることができるのです。
#ハリーポッター