ゆるラテン語講座 第15回 niger/ニゲル/「黒い」というラテン語は英語に派生しているが、絶対に言ってはいけない【Ⅹ 形容詞 第一, 第二活用(2)①】

諸言語
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導入

英語にはたくさんのラテン語があり、ちょうど日本語に漢字がたくさんあるのに似ています。現代にも影響力を持っているラテン語に、ゆるく入門してみましょう。

大学教科書なのに解答が付いていない、学生泣かせの名著『ラテン語初歩』の練習問題を解きつつ、ラテン語や英語について解説します。

《発音》
ローマ字読みすれば、だいたいラテン語になります。
【例】dominus /ドミヌス/
棒が上に乗っていたら、長く読みます。
【例】dominī /ドミニー/

§90. 練習問題17-1 羅文和訳

問題

【問題】
Servusセルウウス nigerニゲル dominumドミヌム propeプロペ portamポルタム exspectatエクスペクタトゥ.

【単語】
servus, ī, m.「奴隷」/セルウウス/
niger, gra, grum「黒い」/ニゲル/
dominus, ī, m.「主人」/ドミヌス/
prope「~の近くで」[対格支配]/プロペ/
porta, ae, f.「門」/ポルタ/
exspectō[第一活用]「待つ」/エクスペクトー/

やや長い問題ですが、がんばって分析しましょう。

servus

servus「奴隷」を分析するために、名詞の見かたを復習しましょう。

§38. 名詞の型を示すために単数主格系に加えて、単数属格形の語尾を添えるのが習慣である。例 puella, ae
(『ラテン語初歩』p8)

今のところ名詞は、

第一活用 puella, ae, f.
第二活用↓
(1-1) dominus, ī, m.
(1-2) verbum, ī, n.
(2-1) puer, erī, m.
(2-2) ager, grī, m.

の5パターンが既出です。(ちなみに最後のfは女性名詞、mは男性名詞を意味します。)

語尾が同じものを探すと、servus, īは名詞 第二活用と分かりました。では活用表から一致する語尾を探します。

名詞第二活用(1-1)(§51)
dominusドミヌス「主人」
単数
主格(が) dominusドミヌス 
属格(の) dominīドミニー
与格(に) dominōドミノー
対格(を) dominum ドミヌム
奪格(から) dominōドミノー

複数
主格(が) dominīドミニー
属格(の) dominōrumドミノールム
与格(に) dominīsドミニース
対格(を) dominōsドミノース 
奪格(から) dominīsドミニース

単数主格「奴隷が」で良さそうです。

niger

nigerは「黒い」という形容詞です。

【!!!超注意!!!】
英語に派生したniggerニガーは黒人に対しての非常に差別的な言葉なため、英語圏では絶対に言わないようにしましょう。日本語でコーヒーが「苦っニガー」と言っただけでも命の危険があります。

形容詞には以下のルールがありました。

§62. 形容詞が名詞を形容する場合、名詞の性・数・格に一致しなければならない。
(『ラテン語初歩』p14)

まずはnigerの性数格が何なのか、確認しましょう。niger, gra,grumをちゃんと書くと、次のようになります。

niger(男性単数主格)
nigra(女性単数主格)
nigrum(中性単数主格)

ここでは男性形のみ活用表を書きます。

形容詞 第一, 第二活用(2)-2
§87. niger (m)「黒い」
単数
主格(が)nigerニゲル
属格(の)nigrīニグリー
与格(に)nigrōニグロー
対格(を)nigrumニグルム
奪格(から)nigrōニグロー
複数
主格(が)nigrīニグリー
属格(の)nigrōrumニグロールム
与格(に)nigrīsニグリース
対格(を)nigrōsニグロース
奪格(から)nigrīsニグリース

男性単数主格なので、servusと一致しそうです。servus nigerで「色の黒い奴隷」と和訳します。これまたセンシティブな内容ですが、当時のローマ文化としては当然だったのでしょう。

dominum

dominumを活用表から探します。

名詞第二活用(1)-1
§51 dominusドミヌス「主人」
単数
主格(が) dominusドミヌス 
属格(の) dominīドミニー
与格(に) dominōドミノー
対格(を) dominum ドミヌム
奪格(から) dominōドミノー

複数
主格(が) dominīドミニー
属格(の) dominōrumドミノールム
与格(に) dominīsドミニース
対格(を) dominōsドミノース 
奪格(から) dominīsドミニース

単数対格なので、「主人を」で良さそうです。

prope portam

prope「~の近くで」が対格支配の前置詞なので、portamが対格か確認しましょう。

名詞 第一活用
§36 puellaプエッラ「少女」
単数
主格(が) puellaプエッラ 
属格(の) puellaeプエッラエ 
与格(に) puellaeプエッラエ 
対格(を) puellamプエッラム 
奪格(から)puellāプエッラー 
複数
主格(が) puellaeプエッラエ 
属格(の) puellārumプエッラールム 
与格(に) puellīsプエッリース 
対格(を) puellāsプエッラース 
奪格(から)puellīsプエッリース 

-amで終わるのは単数対格で良さそうです。porte portamで「扉の近くで」と和訳します。

exspectat

これは第一活用の動詞と指定がありますので、活用表を見ます。

現在直接法能動相(第一活用)
§25. amōアモー「愛する」
単数
1人称 amōアモー 
2人称 amāsアマース 
3人称 amatアマトゥ 
複数
1人称 amāmusアマームス 
2人称 amātisアマーティス 
3人称 amantアマントゥ 

exspectatは「彼(奴隷)は待っている」と訳せば良いでしょう。

解答

【問題】
Servusセルウウス nigerニゲル dominumドミヌム propeプロペ portamポルタム exspectatエクスペクタトゥ.

【解答】
色の黒い奴隷が門の近くで主人を待っている。

英語語源コーナー!

今回のラテン語単語を復習しながら、英単語力を鍛えましょう。

【単語】
servus, ī, m.「奴隷」/セルウウス/
niger, gra, grum「黒い」/ニゲル/
dominus, ī, m.「主人」/ドミヌス/
prope「~の近くで」[対格支配]/プロペ/
porta, ae, f.「門」/ポルタ/
exspectō[第一活用]「待つ」/エクスペクトー/

servus

ラテン語servusは英語serve「飲食物を出す」と関係があります。

niger

ラテン語のniger, nigrumは英語のnigger「黒んぼ」, Negro「黒人」と関係あります。しかしこれらは差別的な用語であるため、使わないでください。どうしても言及する必要がある場合は下記を参考に↓

【事情】
米国の黒人については1970—80年代には black が最もふつうの語(それ以前は Negro, colored)であったが, 90年代以降, Afro-American を経て, 現在は African-American が公称となっている. しかし black は依然として日常語として使われている. Negro, colored は特別な連語を除いて避けられる.
(『ジーニアス英和辞典第6版』black)

dominus

ラテン語のdominusは、英語のdominate「支配する」、dominant「支配的な」、predominant「有力な」などと関係があります。

one’s dominant hand 利き腕.

Blue is the predominant color in his paintings.
「彼の絵では青が主調色だ.」
(『ジーニアス英和辞典第6版』predonimant)

prope

ラテン語propeは英語のapproximate「おおよその」と関連しています。
空間的に「近い」ことから、抽象的に「近い」ことに意味が変化したようです。

porta

ラテン語のportaは英語ではport「港」(←陸/海への入り口)、portal「ポータルサイト」(←インターネット上で入口となるサイト)と関連しています。

ラテン語の末裔であるフランス語ではporte/pɔrt ポルト/で「ドア、扉」と表します。

exspectō

ラテン語のexspectōは英語のexpect「予期する」と関連があります。sが脱落していますが、『英語語源辞典』でもex(s)pectōとしているので、文献によってはsが脱落しているのでしょう。まぁあまりお気になさらず。

さらに、『ハリー・ポッター』の

エクスペクト・パトローナム(Expecto patronum)
「守護霊よ、来たれ」

と叫んでこういうの↓が出てくる呪文があります。

エクスペクト・パトローナム

これはどうやらラテン語で、ラテン語でexspectō「私は待つ/期待する」に、ラテン語のpatrōnus,ī, m./パトゥローヌス/「庇護者、有力者、(作中では「守護霊」)」を単数対格に変形させて、

名詞第二活用(1)-1
§51 dominusドミヌス「主人」
単数
主格(が) dominusドミヌス 
属格(の) dominīドミニー
与格(に) dominōドミノー
対格(を) dominum ドミヌム
奪格(から) dominōドミノー

複数
主格(が) dominīドミニー
属格(の) dominōrumドミノールム
与格(に) dominīsドミニース
対格(を) dominōsドミノース 
奪格(から) dominīsドミニース

patrōnum/パトゥローヌム/「守護霊を」という意味になります。

Exspectō patrōnumで「私は守護霊を待つ/期待する」→「守護霊よ来たれ!」といった意味にしているようです。

なお、「パロトーム」ではなく「パトローム」と言っているのは英語訛りです。呪文を発動させるには正しい英語発音が必要ですからね!

このように、ラテン語を知っていれば、ハリポタでもドヤることができるのです。

#ハリーポッター

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