導入
英語にはたくさんのラテン語があり、ちょうど日本語に漢字がたくさんあるのに似ています。現代にも影響力を持っているラテン語に、ゆるく入門してみましょう。
大学教科書なのに解答が付いていない、学生泣かせの名著『ラテン語初歩』の練習問題を解きつつ、ラテン語や英語について解説します。
《発音》
ローマ字読みすれば、だいたいラテン語になります。
【例】dominus /ドミヌス/
棒が上に乗っていたら、長く読みます。
【例】dominī /ドミニー/
§90. 練習問題17-1 羅文和訳
問題
【問題】
Servus niger dominum prope portam exspectat.
【単語】
servus, ī, m.「奴隷」/セルウウス/
niger, gra, grum「黒い」/ニゲル/
dominus, ī, m.「主人」/ドミヌス/
prope「~の近くで」[対格支配]/プロペ/
porta, ae, f.「門」/ポルタ/
exspectō[第一活用]「待つ」/エクスペクトー/
やや長い問題ですが、がんばって分析しましょう。
servus
servus「奴隷」を分析するために、名詞の見かたを復習しましょう。
§38. 名詞の型を示すために単数主格系に加えて、単数属格形の語尾を添えるのが習慣である。例 puella, ae
(『ラテン語初歩』p8)
今のところ名詞は、
第一活用 puella, ae, f.
第二活用↓
(1-1) dominus, ī, m.
(1-2) verbum, ī, n.
(2-1) puer, erī, m.
(2-2) ager, grī, m.
の5パターンが既出です。(ちなみに最後のfは女性名詞、mは男性名詞を意味します。)
語尾が同じものを探すと、servus, īは名詞 第二活用と分かりました。では活用表から一致する語尾を探します。
名詞第二活用(1-1)(§51)
dominus「主人」
単数
主格(が) dominus
属格(の) dominī
与格(に) dominō
対格(を) dominum
奪格(から) dominō
複数
主格(が) dominī
属格(の) dominōrum
与格(に) dominīs
対格(を) dominōs
奪格(から) dominīs
単数主格「奴隷が」で良さそうです。
niger
nigerは「黒い」という形容詞です。
【!!!超注意!!!】
英語に派生したniggerは黒人に対しての非常に差別的な言葉なため、英語圏では絶対に言わないようにしましょう。日本語でコーヒーが「苦っ」と言っただけでも命の危険があります。
形容詞には以下のルールがありました。
§62. 形容詞が名詞を形容する場合、名詞の性・数・格に一致しなければならない。
(『ラテン語初歩』p14)
まずはnigerの性数格が何なのか、確認しましょう。niger, gra,grumをちゃんと書くと、次のようになります。
niger(男性単数主格)
nigra(女性単数主格)
nigrum(中性単数主格)
ここでは男性形のみ活用表を書きます。
形容詞 第一, 第二活用(2)-2
§87. niger (m)「黒い」
単数
主格(が)niger
属格(の)nigrī
与格(に)nigrō
対格(を)nigrum
奪格(から)nigrō
複数
主格(が)nigrī
属格(の)nigrōrum
与格(に)nigrīs
対格(を)nigrōs
奪格(から)nigrīs
男性単数主格なので、servusと一致しそうです。servus nigerで「色の黒い奴隷」と和訳します。これまたセンシティブな内容ですが、当時のローマ文化としては当然だったのでしょう。
dominum
dominumを活用表から探します。
名詞第二活用(1)-1
§51 dominus「主人」
単数
主格(が) dominus
属格(の) dominī
与格(に) dominō
対格(を) dominum
奪格(から) dominō
複数
主格(が) dominī
属格(の) dominōrum
与格(に) dominīs
対格(を) dominōs
奪格(から) dominīs
単数対格なので、「主人を」で良さそうです。
prope portam
prope「~の近くで」が対格支配の前置詞なので、portamが対格か確認しましょう。
名詞 第一活用
§36 puella「少女」
単数
主格(が) puella
属格(の) puellae
与格(に) puellae
対格(を) puellam
奪格(から)puellā
複数
主格(が) puellae
属格(の) puellārum
与格(に) puellīs
対格(を) puellās
奪格(から)puellīs
-amで終わるのは単数対格で良さそうです。porte portamで「扉の近くで」と和訳します。
exspectat
これは第一活用の動詞と指定がありますので、活用表を見ます。
現在直接法能動相(第一活用)
§25. amō「愛する」
単数
1人称 amō
2人称 amās
3人称 amat
複数
1人称 amāmus
2人称 amātis
3人称 amant
exspectatは「彼(奴隷)は待っている」と訳せば良いでしょう。
解答
【問題】
Servus niger dominum prope portam exspectat.
【解答】
色の黒い奴隷が門の近くで主人を待っている。
英語語源コーナー!
今回のラテン語単語を復習しながら、英単語力を鍛えましょう。
【単語】
servus, ī, m.「奴隷」/セルウウス/
niger, gra, grum「黒い」/ニゲル/
dominus, ī, m.「主人」/ドミヌス/
prope「~の近くで」[対格支配]/プロペ/
porta, ae, f.「門」/ポルタ/
exspectō[第一活用]「待つ」/エクスペクトー/
servus
ラテン語servusは英語serve「飲食物を出す」と関係があります。
niger
ラテン語のniger, nigrumは英語のnigger「黒んぼ」, Negro「黒人」と関係あります。しかしこれらは差別的な用語であるため、使わないでください。どうしても言及する必要がある場合は下記を参考に↓
【事情】
米国の黒人については1970—80年代には black が最もふつうの語(それ以前は Negro, colored)であったが, 90年代以降, Afro-American を経て, 現在は African-American が公称となっている. しかし black は依然として日常語として使われている. Negro, colored は特別な連語を除いて避けられる.
(『ジーニアス英和辞典第6版』black)
dominus
ラテン語のdominusは、英語のdominate「支配する」、dominant「支配的な」、predominant「有力な」などと関係があります。
one’s dominant hand 利き腕.
Blue is the predominant color in his paintings.
「彼の絵では青が主調色だ.」
(『ジーニアス英和辞典第6版』predonimant)
prope
ラテン語propeは英語のapproximate「おおよその」と関連しています。
空間的に「近い」ことから、抽象的に「近い」ことに意味が変化したようです。
porta
ラテン語のportaは英語ではport「港」(←陸/海への入り口)、portal「ポータルサイト」(←インターネット上で入口となるサイト)と関連しています。
ラテン語の末裔であるフランス語ではporte/pɔrt ポルト/で「ドア、扉」と表します。
exspectō
ラテン語のexspectōは英語のexpect「予期する」と関連があります。sが脱落していますが、『英語語源辞典』でもex(s)pectōとしているので、文献によってはsが脱落しているのでしょう。まぁあまりお気になさらず。
さらに、『ハリー・ポッター』の

エクスペクト・パトローナム(Expecto patronum)
「守護霊よ、来たれ」
と叫んでこういうの↓が出てくる呪文があります。

これはどうやらラテン語で、ラテン語でexspectō「私は待つ/期待する」に、ラテン語のpatrōnus,ī, m./パトゥローヌス/「庇護者、有力者、(作中では「守護霊」)」を単数対格に変形させて、
名詞第二活用(1)-1
§51 dominus「主人」
単数
主格(が) dominus
属格(の) dominī
与格(に) dominō
対格(を) dominum
奪格(から) dominō
複数
主格(が) dominī
属格(の) dominōrum
与格(に) dominīs
対格(を) dominōs
奪格(から) dominīs
patrōnum/パトゥローヌム/「守護霊を」という意味になります。
Exspectō patrōnumで「私は守護霊を待つ/期待する」→「守護霊よ来たれ!」といった意味にしているようです。
なお、「パロトーヌム」ではなく「パトローナム」と言っているのは英語訛りです。呪文を発動させるには正しい英語発音が必要ですからね!
このように、ラテン語を知っていれば、ハリポタでもドヤることができるのです。
#ハリーポッター